第二回ロングツーリング


 今回は2回目のロングツーリングを取り上げます。
 
 実は、何回目?と判っているのは、この2回目までです?
それ以降は、回数が多すぎて何時行ったものか判らなくなってしまっています。

 と・・・いうところで・・・今回の使用バイクは下の、Kwasaki KL250 です。

1980年デビューの250cc4ストロークOHC2バルブエンジンのオフロードバイクです。
 このバイクの特徴は、その当時のオフロードバイクとしては、前後サスペンションのストローク長が非常に長かった所です。そこが気に入って買ったようなものです。
 車体カラーは、カワサキカラーの「ライムグリーン」が欲しかったのですが、初期型にはその設定が無かったのです。それで、この赤色なのですが・・・「赤はHONDAの色」と思っていたのですが、実は「赤タンク」はカワサキの伝統カラーなのです! 26万3千円 安い!

 このバイクが初めて買った大きなバイクなのですが・・・それには・・・理由が・・・?
この画像は、私が勤めていた楽器会社の営業所前なのですが・・・自宅から電車通勤すると、非常に遠回りになり時間がかかったので、1回目のロングツーリングで使用した原付バイクで通勤していましたが・・・ガソリンスタンドがある交差点で、並走していたライトバンに巻き込まれて・・・(いきなり合図も何も無しで、ガソリンスタンドに曲がりやがった!!) 吹っ飛ばされました!
 幸いにして大きなケガにはならなかったのですが・・・「やっぱり小さなバイクは危ない!もうちょっと大きなバイクの方が安全なんちゃうん?」と、私のお袋さんが言ったので、乗り換えたと言う感じです。
 私の「お袋さん」は偉いと思います! 普通は「危ないからバイクはやめとき!」と、言うでしょ?

 非常に乗り易いバイクでしたね!今考えると、今でも通勤になんかやったらええかと思いますが?
ただ・・・当時のオフロードバイクの常でして・・・ブレーキが効かない?と、電装系が弱い?(6ボルト電装でしたからね)ライトが暗い? ここを改善出来れば今でも通用するバイクだと思います。

いきなり2日目の朝です。場所は飛騨高山です。
 1回目とほぼ同じルートで高山まで行きました。
さすがに250ccです。高速道路を使わなくても、1日で高山まで行けました。
 私は・・・今でもそうなのですが・・・バイクで高速道路を走るのが嫌いです! だって・・・面白くないもん!

 基本、地道を行くのが好きです!

 しっかし・・・若いな〜?!!
高山から安房峠を越え、念願の信州長野入りです! 後ろに見えるのは、「奈川渡ダム」です。
 この後、何度ここを通った事か・・・?
ここは、何処なのでしょう?
判りません?
 ただ・・・この時は、高山から松本へ、そして軽井沢の方へ走って行き、東北へ行こうと思っていたのですが・・・軽井沢付近で昼食のラーメン屋さんから出てきた時に・・・「そうだ!佐渡ヶ島へ行こう!」と、気が変わって・・・佐渡島を目指したのです!

 この途中で・・・凄い体験をしました!
  何かと言うと・・・「居眠り運転」です? 小諸市か、軽井沢近くから国道18号線で走行中に・・・案内標識で「長野40数km」と言う距離を見た後に・・・まばたきをした次の瞬間には「長野18km」と言う案内標識になっていました? つまり・・・その間の記憶が無い!
 ま〜完全に寝ていたのではなく?体は動かしていたのですが、記憶が無い。意識が飛んでいた状態だったのでしょう?  お酒を飲んで家に帰り・・・記憶は無いが、キチンと着替えて寝床で寝ていた?と、言うやつと同じだったのでしょう? でも・・・凄くビックリしました!

 そして、長野市を通りぬけて上越市の直江津港からフェリーで佐渡ヶ島へ渡りました。
フェリーに乗ったのが夕方の6時位でしたので、佐渡島へは夜8時から9時の間位の到着でした。
 直江津港から佐渡ヶ島へは、2時間半位かかります。

 同じフェリーにバイクが何台か乗っていたのですが・・・その時間に到着するぐらいですから、当然皆さん宿泊の予約などはしていない人ばかりでした!
 それで、初対面の人ばかりでしたが・・・同じバイク仲間です! 「寝るところは予定してますか?」と言う話になって・・・それじゃー海岸にでも行って野宿しますか? と、言う事になって5人でキャンプ出来そうな海岸を探して行きました。 丁度良い砂浜があったので、そこでキャンプすることに・・。

3人、2人、そして私は1人で、6人でした。 砂浜でたき火しながら、フェリー乗り場の売店(まだコンビニなんて無い時代です!)でかった食べ物を食べて、皆でバイクについて熱く?語りましたね!
 青春してました! 夜は、テントで寝ました。私のテントは4人用でしたので、私と2人組みの3人で寝ました。 その6人が下の画像です。

ヘルメットをかぶっている彼は・・・確か、Hondaの社員と言っていたような記憶があります。 XL250Sに乗っていて、凄くウィリーが上手でした!
ここが、キャンプした海岸です。
佐渡は本当に海が綺麗なところです!!
海岸線を通って、6台で佐渡ヶ島を半周しました。Hondaの彼が、非常に走る速度が速くて・・皆から、「もうちょっと、ゆっくり走って!」と、注文が出ていました。

 ここで、この時の思い出話!
今現在の日本製バイク(91年以降、ルール的には96年以降)は、エンジンキーをONにした時点でヘッドライトが点灯するように作られています。 これは、勿論・・周りに対して「視認性」を高める為ですが・・・このツーリングの当時は、バイク雑誌などで「昼間のヘッドライト点灯」が叫ばれ始めた頃でした。 当然、バイク大好きでバイク雑誌を読みあさっていたライダーばかりでしたから・・・昼間でもヘッドライトを点灯させていました。
 すると・・・すれ違う島の人達のほとんど全員が・・・「ライトが点いているよ!」と、教えてくれるのです!なんと「優しい人達なのでしょう?」と、思わずにはいられませんでした!
 と、言う訳で・・・途中から全員がヘッドライトを消して走りました。 説明するのも面倒なので・・・?

この当時は、大きな振り分けタイプのツーリングバッグを使っていました。
 ジーンズに「ガエルネ」のモトクロスブーツ。
ウールのハイソックスをブーツの上に折り返すのが、この当時のオフロード乗りの定番でした!

 半日かけて佐渡ヶ島を半周して、本州へ戻ろうと皆が言っていたのですが、私はもう少し佐渡ヶ島を走りたかったので、フェリー乗り場で5人を見送った後に1人で走り始めました。

佐渡と言えば?「金山」ですね。
 遠くに見える、半分に割れた山が、有名な
 『道遊の割戸』です。
江戸時代の金鉱石の採掘跡らしいです。
「道遊の割戸」から、さらに山を登っていった所です。
「大佐渡スカイライン」と言って、佐渡ヶ島で一番の高所を走れる道です。
 だ〜れもいませんでした?
8月でしたが、非常に寒かった覚えがあります。
非常に綺麗な景色でした!
 ここで・・・道路わきに沢山の草原があったので・・・その中を、走ってみたのですが・・・(自然破壊になるので、やってはいけません!)草原を走るのは・・・非常〜に難しいです!

 映画「大脱走」の中での、スティーブ・マックイーンは、めちゃめちゃ上手いんや!!
 と、思い知りました!!
その日の「寝床」は・・・ここでした!
 道路わきのバス停です!

この頃は、お金が無かったので、よくバス停を寝床にしていました!
 田舎のバス停は、屋根と壁が有るので(場所によったら、扉が有る所も有りました)、雨風をしのぐのには丁度よかったです!

 ただし・・・早起きをしないと、通勤、通学の人達の中で寝ている・・・と言う格好の悪い事態になります?

 この海岸沿いのバス停で一泊して(すぐ横が海だったので虫がいっぱいでした!朝起きたら、顔にフナ虫がへばりついていました!!)、翌朝に佐渡ヶ島から直江津港に渡り、国道8号線をひたすら西へ走りました。
 この時の走行は、今考えると無茶苦茶でしたね?
新潟県〜富山県〜石川県〜福井県と走り続け、夜の10時位に・・・あまりの疲れで、また道端のバス停で一晩を明かしました。

それが、このバス停です。
 実は、この横は広大な「墓地」でした!
朝起きてみたら、ビックリでしたね?

 そして、ここから自宅までは3,4時間位で走れる距離でした。敦賀を過ぎて小浜の手前位でしたか?
 ま〜その時は、走れる体力は残っていませんでしたがね?
そこから宝塚へ帰る途中の何処かです?
 
 この時に通った、敦賀〜小浜〜大飯・高浜〜綾部〜日置(篠山)〜宝塚のルートは、この後、私が頻繁に使うルートになりました。
 このルートは、今でも信号が非常に少ないルートでして、宝塚から日本海側へ抜けるルートとしては良い道です。

 これが、第二回のロングツーリングでしたが・・・この時は、本当に「思いつき」で、勝手気ままに走ったツーリングでした。 まったく予定を決めずに走るのも・・・非常に面白いですよ!

 風の吹くまま・・・!

もどる